利己的な遺伝子 ひとり読書会 3
今回扱う章は生物学の基礎的な内容の説明から入るため長大です。気長にお付き合いください。
利己的な遺伝子 読書会1:人はなぜいるのか
利己的な遺伝子 読書会2:自己複製子
利己的な遺伝子 読書会3:不滅のコイル
利己的な遺伝子 読書会4:遺伝子機械
第3章 不滅のコイル
この章の内容は大まかに
- DNAの構造と染色体
- 二つの重要な事
- 複製
- 転写・翻訳
- 対立遺伝子
- 減数分裂
- 基本
- 交叉
- 遺伝子
- 突然変異
- 淘汰の単位
- 遺伝子の相互作用
- 仮定と2つの事実
となっています。
1. DNAの構造と染色体
DNA(デオキシリボ核酸)はざっくりとアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の四種類の塩基を持つヌクレオチドが並んだ鎖が二重らせんになっているものです。まずは図を。
画像:wikipedia
GはCと、AはTと組になって結合します。らせんだとわかりづらいので主鎖を引き延ばした模式図で表せば
といった感じです。黄色い丸はリン酸、オレンジ色の四角は糖、A、G、C、Tの書かれたものは塩基です。また赤い線は塩基の間の水素結合を表します。ちなみに上図は「Molecular Biology of THE CELL」の表記に準じています。ヌクレオチド(厳密にはデオキシヌクレオチド)とは糖-リン酸-塩基の組み合わせでできた分子のことを指します。DNAの基本単位です。
画像:wikipedia
左からdAMP、dGMP、dCMP、dTMPです。名前は例えばdAMPなら"Deoxyadenosine monophosphate"から来ています。日本語ならデオキシアデノシン一(いち)リン酸です。その他三つも同じ様な規則でできています。この4種類の分子がつながってDNAの一本の鎖を作ります。上図の通り糖-リン酸部分は四種類の各ヌクレオチドで共通であり、これが二本のDNAの主鎖をなしています。また塩基はG-C、A-Tのセットでどのようにでも入れ替えることが可能で、このA、G、C、Tの並び方が暗号を作ります。つまり4進数みたいなものです。またこのDNA二本鎖が複数の独立したものに分かれているとき、これらの各DNAを染色体と呼びます。例えばヒトの染色体であれば
画像:wikipedia
のように分かれています。常染色体22組+性染色体2本(XY or XX)の計46本です。この図はwikipediaから拝借しているのですが、横破線の位置は分裂の起点となるセントロメアの位置を、また13, 14, 15, 21, 22の上の突起部分は大きいリボソームRNAを指令する配列の位置を示しているはずです。それぞれ22組の常染色体は二本で一組ですが、各組中の一本は母方(卵)由来、もう一本は父型(精子)由来の染色体です。また性染色体は一つのXは母型由来、もう一つのYもしくはXは父型由来です。XYの組が生じれば雄性個体(男性)、XXの組が生じれば雌性個体(女性)になります。
2. 二つの重要な事
DNAの重要かつ基本的な二つの事、つまり複製と転写・翻訳についてです。
1. 複製
まずは複製からです。ある一つの体細胞は細胞質分裂により二つの細胞になります。これら出来上がった二つの細胞にはもともと一つの細胞だった時に持っていたすべての染色体が含まれます。つまり細胞質分裂に先駆けて染色体の複製が行われなくてはなりません。体細胞分裂について簡略化した模式図を下記に示します。
上図ではある一組の染色体(例えばヒトの第1染色体)のみを示しています。有糸分裂とは核の分裂の段階の事です。染色体の複製そのものの機構は複雑なため簡単のためここでは細かく説明しないことにします。ともかく染色体は体細胞分裂する時に自分の正確なコピーを作成し新しくできた二つの細胞は共に元の細胞と同じ数の染色体を持つということです。
2. 転写・翻訳
DNAにはタンパク質を作成する塩基(A, G, C, T)による配列がありますが、この配列からいきなりタンパク質が作られるわけではありません。DNAは一度RNAへと配列がコピーされ、そのRNAを中心にリボソームがタンパク質を作成します。模式的には以下のようになります。
上図での転写単位をシストロンと呼びます。上記はあくまで模式図で、シストロンは真核生物ではエキソンというたんぱく質作成(翻訳)のための配列と、たんぱく質作成には直接かかわらないイントロンという配列からなっています。真核生物ではシストロンを転写しただけの一次転写産物(未成熟mRNA)からイントロン(または一部のエキソン)に対応する部分を削除して翻訳に使用される成熟mRNAを作成するスプライシングという重要な過程がありますが、本文でも具体的に触れていないので簡単のため省略します。いずれその機構の理解が必要になるような場合が生じれば触れます。ドーキンスはこの章では「有性生殖」の基本的な仕組みを説明しなくては後に続く主張の理解に支障をきたすために最低限必要な説明にとどめています。
3. 対立遺伝子
シストロンが配置できるDNAの部位を遺伝子座と呼びます。この遺伝子座には複数の形の配列が配置でき、これら複数のあり得る配列各々を互いの対立遺伝子といいます。例えば1~22の各常染色体には各々母型由来、父型由来の染色体が一本ずつ計2本の染色体がセットであるので各遺伝子座は二つ存在します。つまりヒトならば対立遺伝子のうち二つだけ所有できるということです。
この各遺伝子座に座した二つの対立遺伝子の組を遺伝子型と言い、遺伝子型に対応して個体が示す性質を表現型と言います。この二つの配列はもちろん同じとは限りません。別の配列が選ばれることもあります。母方・父型共に同じ配列が選ばれた場合はホモ接合、別の配列が選ばれた場合ヘテロ接合と言います。
ホモ接合の場合は母方と父型の遺伝子座にある配列は同じですので表現型もその配座している配列に影響され作られます。ところがヘテロ接合の場合にはどちらの配列が表現型に強く影響を及ぼすかは場合によります。その場合を大きく二つに分けると、
- 片側の配列が支配的な影響を表現型に与える場合
- 二つの配列の中間の影響を表現型に与える場合
のようになります。あくまで単純化した見方です。1.の場合、つまり片側の配列が支配的な影響を表現型に与える場合、影響を与える側をもう一方に対する優性遺伝子、影響を与えない側を劣性遺伝子といいます。
この優性遺伝子・劣性遺伝子のくだりの後に「遺伝子プール」という言葉が出てきます。この言葉はすべての対立遺伝子を含めたその種が持つ遺伝子を総括したものを指します。wikipediaの定義では
遺伝子プール:互いに繁殖可能な個体からなる集団(個体群またはメンデル集団)が持つ遺伝子の総体のこと。
となっています。つまりその種が持ちうる遺伝子すべてを集めたものと思えばよいと思います。
4. 減数分裂
1. 基本
通常の分裂(体細胞分裂)では分裂後の二つの細胞は共にすべての染色体を持っています。例えばヒトならば分裂前の細胞が持っていた46本の染色体を分裂後の二つの細胞も持っています。ところが配偶子である卵や精子はその半分の量である23本しか持っていません。この染色体を半分の量しか持たない卵や精子を作成する細胞分裂を減数分裂といいます。減数分裂は
第一分裂:複製後の倍化した染色体を二つの細胞に分ける
第二分裂:第一分裂で分けられた細胞をさらに二つの細胞に分ける
という二段階の分裂でできています。
減数分裂は分裂後の配偶子に半分の染色体しか与えません。具体的にヒトで言えば、第1~22常染色体を一本ずつの計22本+性染色体のうちの一本(XまたはY)の計23本の染色体しか配偶子は持っていません。
2. 交叉
減数分裂では交叉が起こります。上の図では相同染色体の対合後(左から三つ目)の染色体の状態(二価相同染色体)の時に起こります。上図は一か所だけで交叉が起こった場合です。この交叉が遺伝的多様性を生み出すため進化論にとっては非常に重要な機能です。
5. 遺伝子
ここでやっと遺伝子という言葉が使えるようになると思います。分子生物学等では通常シストロンが遺伝単位であり、その配列を遺伝子と呼びます。ところがドーキンスがこの本で扱っている遺伝子の定義はずっと微妙な定義です。その定義の為に「遺伝単位」という概念が導入されます。先ほどの「転写単位」であるシストロンとは別物です。ではドーキンスはこの遺伝単位をどのように定義しているかといえば
ドーキンスによる遺伝単位の定義
- 染色体上の隣り合った暗号の連なり
というものです。一続きの連なりであるということ以外具体的な長さはありません。本書の中で語られるドーキンスの言い方で言えば「それは、一シストロン内のわずか一〇文字の連続であるかもしれないし、八個のシストロンの連続であるかもしれない。あるいは、シストロンの中ほどで始まったり終わったりしていることもあろう。それはほかの遺伝単位と重複することもあるかもしれない。小さな単位をいくつも含むこともあろうし、大きな単位の一部をなすこともあろう。」となります。この本書での例を図示してみると
のような感じです。つまりどこで区切ったか、どのような大きさかは関係なく染色体の連なりであれば遺伝単位と呼べます。遺伝単位は当然短ければ短いほどよく保存されます。なぜならば交叉によって分断されにくいからです。ちなみに「保存される」というのは多くの世代を経てその一連の暗号が壊れずに残ることを言います。この遺伝単位という概念をもとに遺伝子を定義します。主に本書のこの章で挙げられている定義を列挙すると
ドーキンスによる遺伝子の定義
- 自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続きうる染色体物質の一部
- 何世代にもわたって続き、多くのコピーという形で配分されるくらいに小さい遺伝単位
- 不死身といえるに近い遺伝単位
- 不可分の微粒子という理想に極度に近づく単位
- 「長命、多産性、複製の正確さ」という特性を潜在的に持っている最大の単位
- 十分に存続しうるほどには短く、自然淘汰の意味のある単位として働きうるほど十分に長い染色体の一片
と、この章だけで6つも定義されています。煩雑ですが結局「ふつうはシストロンと染色体との中間のどこかに位置する大きさであることがわかるであろう。」というわけで、基本的には単一シストロンから複数のシストロンの連続といった想像をしておくとよいと思います。この本でドーキンスはこのような意味で「遺伝子」という言葉を用いています。
6. 突然変異
自然淘汰が起こるための遺伝子の多様性は交叉のみが与えるものではありません。ほかにも点突然変異や染色体異常が遺伝子の構成に影響を与えます。他にもトランスポゾンのような動く遺伝子等遺伝子の構成に影響を与える現象は数多くありますが、ここでは点突然変異と染色体異常に関してのみ述べられています。それぞれ
- 点突然変異
- DNAの複製・組換え・修復時におこる誤りにより1塩基対がほかの塩基対に置換する
- 染色体異常
- 欠失、重複、転座、逆位、転移など大規模な染色体構造の再編成
を指しています。DNAの複製・組換え・修復の精度は非常に高く生殖系列では100万年に1度、およそ1000塩基当たり1塩基対のランダムな変化しか起きません。が、進化的には100万年は短い期間でありヒトのような二倍体の生物集団では1万体いればあらゆる塩基において置換を20回経験することになります。(出所:Molecular Biology of THE CELL)そのため進化においては重要な役割を果たします。また、染色体異常は主に欠失、重複、転座、逆位、転移といったものがあります。
このうち下の二つは所有している染色体の量に差異が生まれません。そのため区切られた位置にもよりますが基本的には表現型に異常をきたしません。この逆位・転位は特定の表現型に関連する遺伝子どうしの位置を異常なしに近づける事が可能なため進化上重要な影響を与えます。ここでドーキンスは蝶の擬態について例を挙げています。蝶の捕食者である鳥にとってまずい蝶を一度食べてしまうと同じような見た目の蝶は食べないように避けます。その為に鳥にとっておいしいにもかかわらずまずい蝶に似ていれば生き残りやすいわけです。このまずい蝶に擬態する蝶はAというまずい蝶とBというまずい蝶の二種類のまずい蝶に擬態できる場合があります。つまりこの蝶の生む子はAかBに似ているのです。ここで面白いのはAとBの中間型が(滅多に)生まれないというところです。これはまさに逆位・転位によって関連した遺伝子が近い部分に集められた場合に起こります。つまり中間型はまずい蝶A、Bのどちらにも中途半端にしか似ていないためそのような中間体を生みやすい蝶が淘汰されたことを示すものですが、この「中間体を生みやすい蝶」は擬態に必要な色・形・模様などに関連する一連の遺伝子が離れている染色体を持っているわけです。これが逆位・転位で一連の遺伝子どうしが近づくことで中間型が生まれにくい染色体が出来上がっていきます。
図の例では左の中間型の配偶子が作られやすい場合、その中間型の配偶子が接合してしまうと中間型が生まれやすくなります。しかし右のaceもしくはbdfのように一連の遺伝子がまとまった状態の配偶子が作られる場合、その配偶子同士の接合で発生する個体はAかBどちらかの表現型を持ちます。このように必要とされる表現型を生むために近接して連続した一連の遺伝子が働くようになったのであれば、定義よりこれらの一連の遺伝子は連続した部分として一つの遺伝子として考えるべきであると主張されています。
7. 淘汰の単位
ドーキンスは「自然淘汰とは各単位の生存に差があるということである。」と自然淘汰を定義付けています。ここで自然淘汰の単位に必要な二つの条件が述べられています。
条件
- 各単位は無数のコピーの形で存在していなければならない
- 進化の上で意味のある期間(コピーの形で)生き残ることのできる能力がなければならない
では種や個体にこれらの能力があるでしょうか。一般的な有性生殖の生物であれば明らかにこれらの能力はありません。通常は一世代たりともコピーを残すことはできないでしょう。これがドーキンスが遺伝子を自然淘汰の単位としている中心的な理由です。というよりもこの条件を満たすように遺伝子を定義づけたに他なりません。特に遺伝子が老衰しないこと、十分に長い時間(コピーとして)生き残ることが強調されています。当然遺伝子は複数の正確なコピーとして存在できますので条件1、2を共に満たすわけですが、かたや有性生殖をする種では個体は通常長くて数十年で死亡します。つまり自然淘汰の結果残る主体が存在しません。当然種に関しても同様です。また遺伝子レベルでは(対立遺伝子に対する)利己主義こそが善である、との旨が主張されています。ここでタイトルの「利己的な遺伝子」の主張したい意味が明確になりました。
8. 遺伝子の相互作用
ある表現型には通常複数の遺伝子が関係します。淘汰圧は表現型に対してかかりますのでこれら共通作業をしている複数の遺伝子は共に残ることが妥当なのではないかと考えてしまいがちですが、表現型を作るために共同作業をしている他の遺伝子はあくまで環境でしかないということが強調されています。淘汰の単位は遺伝子セットではなくあくまで遺伝子であると。このことを説明するためにボートレースの比喩が行われていますが、つまりは集団スポーツ競技でも評価されて生き残るのはあくまで個人だよ、というだけの話です。
9. 仮定と2つの事実
最後に中心課題たるここまでに主張されていた通りの内容
自然淘汰の基本単位と考えるのに最もふさわしいのは、種ではなく、個体群でもなく、個体ですらなくて、遺伝物質のやや小さな単位(これを遺伝子と呼ぶと便利だ)であるということだ。
という考えの基礎となる仮定
遺伝子が潜在的に不死身であるのに対して体その他といったもっと上の単位はすべて一過的なものである
が基づいている二つの事実を問うています。つまり
- なぜ個体は死ぬか
- なぜ交叉や有性生殖が起こるか
の二つです。
1. なぜ個体は死ぬか
致死遺伝子・半致死遺伝子の説明から入ります。本文では
- 致死遺伝子:持ち主を死なせる
- 半致死遺伝子:ある程度衰弱させる
と説明されます。これら二つの遺伝子は個体の年齢のいつ働くかは遺伝子ごとに違います。そこで働く時期によってどのような事が起こるかを考えることでなぜ個体が死ぬのかを説明しています。まず、個体が繁殖する前に働く致死・半致死遺伝子が保存されないことは明らかです。なぜならばその遺伝子を伝える次の世代がいません。ところが繁殖後であればその致死・半致死遺伝子は残ります。それも後期に働くものほど残りやすい傾向がある事も明らかです。結果、繁殖から十分に時間がたてば後期に働くよく保存された致死・半致死遺伝子が働くことになり、ガン(致死遺伝子の働き)や老衰(複数の半致死遺伝子の働き)などで寿命が訪れ個体は死なざるを得ないというわけです。
この後寿命を延ばすための面白い仮説を立てているのですが、本筋と関係ないため割愛します。
2. なぜ交叉や有性生殖が起こるか
これはなかなか説明が難しいと見え、結果から言えば「この本はこの問題を追及する場ではない。」ということでした。ただその中心的な主張は行われています。交叉自体が交叉のための遺伝子を、有性生殖自体が有性生殖のための遺伝子を利するならばその他の遺伝子同様その交叉のための遺伝子や有性生殖のための遺伝子は保存される、という主張です。ただこれは有性生殖や交叉を仮定した場合の遺伝子の働き方によって説明を与えているため卵が先か鶏が先かという話になってしまいます。結局はこの本では深入りせず有性生殖や交叉が事実存在するのだから、それを認めたうえで先の議論に進めるとなったわけです。ですがこの話は正直興味深く詳しく知りたい部分ではあります。
今回はこの辺にして次回は第4章 遺伝子機械を読んでいきます。
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